おしゃれ
私はおしゃれが好きだ。
若い頃はそれほど興味は無かったけど、色々な男と付き合って行くうちにもっと綺麗になってもっと良い男と出会いたいと思う様になり、おしゃれに目覚めていった。
最近だと、ジェルネイルはオフするときにもとの爪も削り取られる。
それが嫌でもっと良いのは無いかと探していた。
みつけた。
お気に入りのネイルを爪にはりつけ、固める。
するとお店の様な仕上がりになる。さらに、オフする時に爪を削らずリムーバーではがすだけだから段々と爪が薄くなり肉に到達する恐怖が無くなった。
こんな風に、科学技術の発展とともにおしゃれも進化しているんだ。
私が次に注目しているのはタトゥー。
外国の人はファッションで入れている人が多く、異文化を取り入れる昨今、銭湯やプールなどの公共施設ではタトゥーを認める動きがある。
このビックウェーブに
乗っからない手は無い。
だけど、一つ懸念があった。タトゥーを全身に入れてもらった人が語る痛み。よく、やくざ映画では痛みに耐え根性を見せるために彫りに行くとか。
爪が表面から削られるのすら耐えられない私が、こんな痛い思いは耐えられるだろうか、いや、絶対無理。
私は色々な人にこのタトゥーへの思いを語っていたら、おしゃれ仲間のミサトが痛くないタトゥーがあると教えてくれた。そこで入れたという背中に入っているバラの花の絵を見せてくれた。なにそれすごく行きたいと興味を示したら、顔がすごく曇っていた。
「一生もとに戻らないけどそれでも大丈夫?」
とミサトは私に聞いた。もちろん、それぐらいの知識はある。一生ものを探すつもりでいると答えた。今週の土曜日に連れていってもらうことになった。
場所は上野駅から大分離れた場所にある。住宅街とはまた雰囲気が違い、100円台でディナーが食べられる店もちらほら見えた。ミサト後ろについて行き細い路地を右へ、左へと曲がって行くと一本の地下へ繋がる階段が目の前に現れた。
「ここだよ」
私は胸が躍った。
コツコツと階段を下りていき間もなく扉が見え、そこには、”ペイント館”と看板が垂れ下がって、不気味に赤黒く点滅を繰り返していた。
鉄扉がとても重く錆びていて、両手を使って押してようやく10cm開いたところで急に向こう側からも開けられ、前のめりになった。
「あら、いらっしゃい」
薄暗く陰気な場所から急に明るくなった。扉を開けたのは店主のようでほかに誰も見当たらない。店主は全体的に筋肉質でなぜか上半身は裸だった。
両腕に1匹ずつカラフルな沖縄カラーのシーサーが鎮座してこちらを睨みつけていた。筋骨隆々な筋肉に載る目つきの悪い犬の姿に圧倒されていると店主が「ミサトじゃない」と後ろにいる友人に声を掛けた。
「なに?おともだち紹介してくれたのね。うれしいわ」
「うん…あのっ」
「わかってる。まず別室ではなしましょ。おともだち、すこし座って待っててね」
店長は店の奥にミサトを連れて行ってしまい一人きりになった。ミサトの顔から血の気が引く様子がすこし見えた。店長が現れてからずっとミサトは体が小さく震えていた。理由を聞く前に連れていかれてしまったので疑問は心の隅にしまった。私は近くにあったソファに腰掛け、暇なので店の中をくまなく観察した。
ここでタトゥーを入れたのであろう。お客さんと思しき人達の写真が並んでいた。顔は写っていない。
当たり前だけど色々なデザインと色がある。どれにしようか。かわいい花も良いし、好きなアーティストの名前をきざむのもありだ。
眺めていると、ひときわ目につくデザインを見つけた。
桜吹雪だ。
テレビの時代劇で有名にになって、定番感があるけど存在感はやはりすごい。
現に、ほかの個性的なタトゥーに視線をずらせ無くなってしまった。やはり刺青と言えば和彫り、桜吹雪。アブナイ雰囲気が漂うのもなおさら気に入った。
店長みたいに腕と後、女性だから胸の膨らみにも満遍なく散りばめて欲しい。このタトゥーを今、落ちかけている童貞君に見せたらどんな顔するかな。驚いて勃たなくなったらじわじわ耳の先から尻の穴まで攻めて時間をかけてあげよう。楽しみだ。
妄想を膨らませているとアソコが濡れて溢れて来ているのを感じた。今すぐ帰って自慰して満たされたいと思ったが我慢だ。
「お待たせ〜」
店長が一人で戻って来た。
「あれ、ミサトはどこに行ったんですか?」
「気分悪くて帰ったみたい。さ、こっちにきて」
出て来たところとはまた別の壁紙と同化した真っ白い壁の一部が開いた。中は冷蔵庫の様に寒く店長が高そうな毛皮のはおりものをかぶせてくれた。店長は裸のままだった。
もう一つ扉があり、一面、鉄で出来ていた。店長は鉄扉についている丸いハンドルを面舵いっぱいせんばかりにぐるぐると回し、止まったところで重そうにひっぱった。
その部屋は更に寒く冷凍庫の中に居るようであった。
「さあ、見てちょうだい、触るのはやめてね」
店長が言った。
不気味なマネキン?がずらりと左右それぞれ一列に並んでいた。マネキンの全て、首から下しか無く右側は男、左側は女性の体と思われた。股の間についているモノまでリアルな状態であった。私は恐る恐る先へと進む。
まるで本物の人見たいに非常に精巧に作られているマネキンだ。きっと触っても質感は肌のようなのだろう。店長は「リアルじゃないとイメージできないでしょ」と持論を展開していた。触って欲しくないと言うことは1体あたりかなりお金をかけているんだろうと思った。
私は桜吹雪の人(こう呼ばずにはいられない)を探した。奥の方にそれはあった。
さっき受付で見た桜吹雪。それと非常に良く似ていた。左右の方から肘まで桜が散りばめられ、それは胸の膨らみの途中まで広がり、てっぺんに目印と言わんばかりの一輪の桜。ちょっと間抜けだが情事の際に盛り上がりそうだ。
「店長さん、わたし、これにする」
「うん、いいわね。じゃあやるまえにこの同意書にサインちょうだい」
店長は1枚ペラの紙を目の前に出した。
最初の3、4行読んで普通のありきたりな内容と分かり早々と自分の氏名を書いた。金額についても事前にミサトから聞いていた通り、相場の5倍程の金額であったが痛みが一切無いと言う条件付きであったためのんだ。貯金をはたいても10回払いで払え切れる額であるが一生ものなので問題に感じなかった。
「さ、こっちへ」
さきほどの冷蔵室まで戻り鉄扉とは別のドア、今度は鍵を開けて簡単に開く扉に入った。冷えきった体が温まっていくのを感じた。店長は暖かいお茶をティーポットに入れ、空いたティーカップに注いでくれた。私は一口それを飲む。
店長は「準備して来るからまっててね」と言い残して席を外し、また更に奥の部屋へと消えて行った。このお店の中ですら私は迷ってしまいそうだ。
相当寒かったのか一杯目はすぐに飲み干してしまい、ティーポットに残ったお茶をまたカップに注いだ。一杯目よりも濃く出た深紅のローズヒップティーが喉を刺激してくれる。
体が一気に温まり眠気がすこし出てきた。座っているソファがふかふか過ぎるのも原因の一つだとおもった。背もたれに寄りかかるとあっという間に沈んで行った。目が重たい。まるで底の無い粘度の高い泥パックの海に横たわっているようであった―――
どの位長く眠っていただろう。起き上がったら頭がズキズキしてすこし熱っぽい。熱を計っても36.6と通常の範囲内だったので単純に暑いと感じているだけなのだろう。冷蔵庫を開けて麦茶を一杯コップにいれ飲み干した。すごく喉が渇く、もう一杯。そこで、急に思い出した。ローズヒップを飲んで多分寝てしまったんだ。ここは自宅だけどタトゥーはどうなったんだっけ…?
私は胸元を引っ張り確認した。桜吹雪がある。コップを置いて急いで上半身の服を脱ぎ洗面所へ走った。ちゃんとある。
ペイント館で選んだ桜吹雪、乳房に咲いた二輪の花。全てが上手くいっていた。
私はさっそく、童貞の後輩君に連絡を入れ、明日会うことになった。連絡を入れた後気付いたけど、時刻は深夜2時。童貞君がいかに私に夢中かが良く分かった。明日は楽しませて見事筆下ろしてあげるから楽しみにしててね。
童貞君は一生懸命が空回りをしたような服を着ていた。場所は六本木のホテルのバーと指定したらスーツに蝶ネクタイと言った結婚式にでも出るかのような格好をして思わずクスリと笑ってしまった。童貞君も恥ずかしそうにしていて「何ヶ月ぶりに連絡いただけて嬉しいです」と話した。わたしは既に濡れ出してしまった。
対して私は童貞君が好きそうな体のラインが良く分かるハイネックと下はエレガントなスカート。童貞君は案の定、胸の膨らみとお腹のくびれに釘づけられていた。
股の間も元気いっぱいだ。
「さ、いきましょ」
腕を組んで胸を押当てると更に元気になっていった。かわいい。
細身で背が高いのに意外と筋肉質で早く脱がせて中身を見たかったけど我慢だ。
時間は午後3時ごろ。夕焼けに変わっていく瞬間をお酒を飲みながらともに分かち合い、今晩泊まるホテルへと向かった。酔ってテンションがあがった私は飲んでいる間も歩いているときも童貞君のイチモツに数回触れた。その度に恥ずかしそうに声をあげる彼がとてもかわいかった。
ホテルの部屋に辿りつき中へ入ると童貞君はすぐに私に抱きついて来た。息がすごく荒い。手を彼の脇腹からなぞる様に下へ持っていくとそびえ立つモノがそこにあった。こしょこしょくすぐると今にもイキそうであった。勃たないなんて心配は無用だったことが分かった。
「まーだ。シャワー浴びよ」
「す、すみません……」
童貞君は名残惜しそうに私を離し、順番にシャワーを浴びた。
先に出た私は丁度タトゥーが映える黒のランジェリーを身につけ、ベッドの中に入り布団をかぶった。
童貞君は慣れないガウンを身に着け恐る恐るこちらへやって来た。
電気を暗くしてベッドに童貞君を手招きをする。童貞君はちょこんとベッドの脇に座るので私は手を伸ばしお尻、脇腹、背中となぞる様にやわく触った。最後に手を握りこちらへと引き寄せる。童貞君は意を決して野獣となり、その晩彼は何度も射精し私も何度もイッた。童貞君にとって忘れられない筆下ろしになっただろう。
私には童貞君だけではなく、外にも何人か男をキープしている。ワンナイトもあるし、何年も突き合っている彼もいる。
タトゥーへの反応は皆それぞれであったがプレイの種類としては増えて嬉しい限りであった。色々な男の前戯が丁寧になった気がした。
ただ、ひとつ。
以前より変わったことがあった。体力があまりもたなくなったのだ。
いや、息が持たないと言うべきか。
時間がたてばたつほどそれは顕著になり、息を吸う度にヒューヒューと音を立てるようになった。あまりの苦しさに意識を失いかけていたため、元童貞君が救急車を呼んで裸のまま病院へ運ばれた。
「肺気腫ですね。大人しく安静にしていないと在宅酸素になりますよ。あなた一体、一日何本吸えばこんな肺になるんだ」
「え?わたし、タバコなんて吸ったこと無い……」
「うそは言わないことだ。肺細胞がこんなに破壊されて、しばらく入院してもらう」
言葉が出なかった。
タバコ?何のこと?私はそんなもの一切吸ったことが無い。どういうことだ。
真っ白い病院のベッドの中で急いで"ペイント館"を調べた。中々情報が出てこないけど、SNSで出ていた情報を見て愕然とした。
「痛くないタトゥーの正体、それは首の下を別の人のものに取り替える手術」
そんなことがあり得るのか。でも、自分自身に降り掛かっている状況からこの信憑性を増さざるをえなかった。
私はミサトに連絡をした。
しかしミサトは全くメッセージを見てくれなかった。ましてや既読にもならなかったので退院してから家をたずね、問いただそうとした。
ミサトのマンションの周りには人だかりと規制線が張られており、中へ入ることができなかった。警察や消防も来ている。
「このマンションに住む友人に用がある、通して」と規制線付近に居た警察に事情を伝えた。何号室の友人か尋ねられ502号室と答えたら、警察官は眉をひくつかせた。
「残念ながら……その部屋には今入れません」
「どうして!?」
「個人情報なので言えません」
そう警官が答えた直後、救急隊員が数名、担架を運びながらマンションの扉から出て来た。階段の傾斜で担架の中の人の手がだらりと垂れる。およそ人間の肌の色とは思えない緑色が所々にちりばまれていた。よく見たら苔だ。
数メートル離れているはずなのに届く臭いがすさまじく、初めて嗅いだ臭いだが嗚咽して脳は異常を感じたみたいだった。
遺体は警察の車に運ばれていった。
目撃してしまったからだろうか、警察官は静かに「502号室の住人の友人とのことで、後日、事件性が無いか確認するため招致させてください」と言い、氏名と電話番号を書かされた。
翌週、私は警察に呼ばれた。
取り調べ室では過去1ヶ月の所在を細かく聞かれた。幸い、私はずっと入院をしており、警察も病院に確認しアリバイは証明されたため、比較的早く終わった。
最後に何か質問は無いか聞かれたので「背中にバラのタトゥーはありましたか?」と言った。女性の警察職員は不思議そうな表情をみせたが「確認します」と言って席を離れた。15分後戻って来て「無いそうです」と短く回答した。
私は再びペイント館へ足を運んだ。
相変わらず上半身裸の店長がお姉口調で私を店に招いた。
「あら、どうしたの?突然」
「ミサトが亡くなりました。ペイント館で施術を終えてすぐ」
警察から死亡推定日を聞いていた。明らかに、ペイント館で何かされたはずだ。
「それはお気の毒に……おともだちの体、合わなかったようね」
「え?今なんと…?」
「だ・か・ら、あんたの体が合わなかったみたいと言ったの!」
急に男性の凄み方をされて私はたじろいだ。じゃあ、あの腐乱死体は私の体だと言うの?
「あなた状況が理解できていないようだけど、もう一回、同意書見て見なさいよ」
店長がファイルから出した1枚ペラの同意書の写しを渡した。細かい字を凝らして見ると”縫合した体が上手く合わずショックを起こして死に至っても一切責任は取りません”という記載や"病院で医師に何か言われてもペイント館のことは一切他言無用にすること"、”術後、元の体に戻すことは出来ないがおともだちの体をつけることは可能”など、重大な説明が幾つも書かれていた。
「じゃあ……もしかして…あの、腐乱死体は…わたしの?」
「だーからさっきからそう言っているでしょう」
私は急に苦しくなり自分の首をおさえた。「じゃあ一体…私の体はだれのなの?」
「あなたの今の体はこの写真の子のね。この子もおともだち紹介して連れて来たケド、長くはもたなかったわ」
桜吹雪にしようと決意したきっかけになった写真だった。
「大分時間が経っているのに、ショックを起こしていないようだから適合しているみたいねぇ。おともだち紹介しなくても大丈夫かもしれない」
「でも、病気が……」
「それはしょうがないわ。だって、おしゃれは我慢って言うでしょ」
何も言葉がでなかった。
私は絶望の中、ふらふらと帰路についた。今ではこの桜吹雪のタトゥーが憎くて仕方が無い。ズタズタにしてしまいたい。私の人生をめちゃくちゃにしたミサトを殺してやりたいが既に死んでいる。このやりきれない気持ちをどうしたらいいんだ。
携帯にメッセージが入った。元童貞君だ。
彼は私が入院中にも甲斐甲斐しく見舞いに来て世話をしてくれた。お礼に手でしてあげたら喜んでいた。たまたま大部屋が空いてなくて個室で入院していたのだけど本当良かった。彼ってば廊下に響いてるんじゃないかと言うくらい喘ぐんだから。
さっきまでの自傷衝動をすっかり忘れ、私は元童貞君のメッセージを見た。
”今から会えませんか?”
”そっちいく”
と短く答え、彼の家に行った。いつも必死で余裕の無い彼が今日は酷く穏やかでお茶を出したと思ったら可愛い笑顔でこちらに視線を注いだ。
「退院おめでとうございます」
「ありがと」
気恥ずかしくてごまかすためにお茶を啜った。
ほかの男たちは消えても彼だけはずっと残ってて欲しいな。
そんな思いを悟られない様に宝箱へ閉まった。
おしまい